九谷焼とは

九谷焼とは?それは日本が焼物の歴史において完成された日本最古の色絵。
約500年近く前、顔料(がんりょう)を用いた和絵具を用いて、素地(釉薬で覆われた白い生地)に絵を施し、高温によって焼かれ、定着させた焼物が誕生しました。

色も緑(葵)・青・黄・紫・赤の五彩で構成され、その絵柄は大胆かつ繊細である。
その後、50年で窯はいったん廃窯、その廃窯理由は諸説ありますが、その100年後古九谷に魅せられた人物たちが再び窯を起こしました。それが現代の九谷焼につながります。

九谷焼の絵柄には大きく分けて、歴代画と言われる六つの絵柄に分類されます。

  • 古九谷様式(花鳥風月をモチーフに五彩によって描かれた作品)
  • 吉田屋様式(古九谷の青手と呼ばれる緑・青・黄色・紫のみをもちいて描かれた作品)
  • 木米様式(中国風の人物などが描かれ赤が下にぬられっている作品)
  • 永楽様式(金彩・金襴手の作品)
  • 飯田屋様式(赤・金が中心で描かれた細描画。赤絵細描画ともいう)
  • 庄三様式(すべての様式をふんだんに盛り込み、割取った作品)

九谷の作家はこれに分類され、自分流にアレンジを加え、作家独自の表現を磨いています。

九谷焼は歴史のその当時人気の絵柄を生み出し、発展してきた焼物であります。

近代、九谷低迷のおりに薩摩が輸出において流行していた時に発展していた絵柄に九谷錦手(九谷薩摩)があります。当時、九谷の上絵付けの技術は最高であったため、薩摩風の焼物の依頼が増え、制作するようになりました。これがJapanKUTANIとまでいわれ、世界に知られることとなり、煌びやかで高価な印象がつくられました。

それを受け、技術がさらに磨かれ、「青粒」「細字」「赤絵細描」などが制作され、さらには置物などの「盛付」などの九谷独特の進化を遂げるようになりました。

現代、従来職人であった世界より個人の表現のものとしての九谷焼が確立され、
二代浅蔵五十吉(文化勲章受章者)
三代徳田八十吉(彩釉磁器 国指定重要無形文化財保持者)
吉田美統(釉裏金彩 国指定重要無形文化財保持者)

などが輩出されるようになりました。

また、若い作家によって新しい技術や伝統の技術をさらに進化させて、独自性の九谷と従来の絵柄との2系統の九谷焼が形成されています。

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